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【ネタバレ】閃光のハサウェイキルケーの魔女の解説や最終興行収入予想!

エンタメ

映画、「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女」は劇場三部作の第2部にあたる映画で、2026年1月30日に公開された続編です。

前作から4年半の月日を経て、待ちに待った続編映画であったと思います。

前作より踏み込んだ作品であるが、より難解な話になっていると話題になっており、

今回の記事では、そういった部分についてまとめていけたらと思います。

今回の記事で分かることは、

・閃光のハサウェイキルケーの魔女の解説
・最終興行収入予想

以上のことについてまとめていきたいと思います。

【ネタバレ】閃光のハサウェイキルケーの魔女の解説

ネタバレを含むため、まだ視聴していなければ視聴してから見ることをおすすめしまう。

物語の流れ

U.C.0105。テロ組織マフティーの指導者「マフティー・ナビーユ・エリン」として活動するハサウェイ・ノアは、地球連邦政府の要人暗殺と、アデレード会議襲撃を通じて「地球から特権層を引きはがす」ことを狙っています。

一方、連邦軍ではケネス・スレッグ大佐が率いるキルケー部隊がマフティー掃討の切り札とされ、ギギ・アンダルシアはケネス側に付きながらも、ハサウェイへの複雑な感情を抱き続ける。

物語前半では、マフティーの作戦網が徐々に追い詰められていき、ハサウェイは仲間たちの犠牲や情報戦での劣勢を前に、理想と現実のギャップを思い知らされることとなります。

中盤、マンハンター合法化を議題とした会議の開催地がアデレードからホンコンに変更されることで、ハサウェイの計画は大きく狂い、作戦の練り直しと組織の再編成を迫られる。

終盤、キルケー部隊とマフティーの対決はレーン・エイムの新型機とハサウェイのΞガンダムの決戦へと収束し、その戦いの最中でハサウェイはクェスやアムロの幻影を見るなど、精神的な極限状態に追い込まれます。

最後は、レーンに止めを刺そうとしたハサウェイがギギによって制止され、

マフティーとしての死」と「ハサウェイ・ノアとしての生」の境目で踏みとどまったところで、第3部へと繋がる幕引きとなりました。

ハサウェイの心情と「二つの自分」

ハサウェイの内面は、

崇高な理念のために死ぬ覚悟を持つマフティー」と、
生きたい・人を愛したいと願うハサウェイ・ノア」という二重構造として描かれていると考察されていることが多いです。

『逆襲のシャア』でクェスを死なせ、チェーンも殺してしまったトラウマは今も彼を縛り、「その贖罪としてシャアの理想を継ぐ」という形でテロリストになる動機の一つになっています。

作中、ハサウェイはクェスの幻覚と会話しており、これはニュータイプ的な残留思念というより、「罪悪感と自己否定が生み出した妄想」と見る解釈が強いです。

クェスの幻影は、ハサウェイを死へと誘う存在であり、「理想のために自分の命を差し出せ」と囁く甘美な破滅の象徴でもあります。

同時に、彼の中にはアムロ的な「人類を信じたい心」と、シャア的な「人類に絶望する心」が共存していて、アムロの幻影との対話はその自己矛盾が可視化されたシーンだとする分析もあります。

だからこそ、ハサウェイは終始ブレていて、何度も「死ぬ覚悟」を口にしながら、ギギやケリアといったごく個人的な感情に振り回され続ける危うい存在として描かれます。

ギギとケネス、そして「キルケーの魔女」

タイトルの「キルケーの魔女」は、

ギリシャ神話の魔女キルケーと、ケネスのキルケー部隊、そしてギギ自身を重ねた言葉になっています。

ケネスが部隊を「キルケー」と名付けるのは、暴れる相手を魔法のように御する、というイメージであり、実際に彼の部隊はマフティーに対する切り札として機能します。

ギギは、そのキルケー部隊の中で「直感」によって戦況や人の心の動きまで言い当てていき、やがて勝利の女神あるいは魔女として扱われる存在になります。

彼女はハサウェイとケネスの間を自由に行き来し、どちらの側にも完全には属さないことで、両者の心をかき乱しながらも、同時に救いにもなっているのがポイントです。

  • ハサウェイにとってのギギ
    • 罪と理想に縛られた彼を現実に引き戻し、「生きたい」という感情を思い出させる存在。
  • ケネスにとってのギギ
    • 軍人としての合理性から外れた“私的な欲望”を直撃する存在であり、自分の判断すら狂わされかねない危険な女。

この三角関係が濃くなるほど、三人の心のバランスは崩れ、

誰が誰を救い、誰を破滅させるのか」が曖昧になっていくのが、第2部ならではの人間ドラマとなっています。

政治・世界観:なぜここまで歪んだのか

作品世界の根本には、「地球連邦による特権層の地球独占」と「一般市民の宇宙移民の強制」という巨大な構造的差別があります。

地球を汚染し続けるのは地球在住の富裕層と支配層であり、彼らだけが聖域としての地球に住み続け、その他大多数はコロニーへ追いやられる、という歪みが固定化している状態です。

マフティーは、この構造を「テロリズム」という最もラディカルな手段でひっくり返そうとする運動であり、ハサウェイは単なる反逆者ではなく、

「宇宙世紀における移民問題」に対する過激な回答を体現する存在とも言えます。

一方で、連邦側から見れば、マフティーは秩序を揺るがす危険なテロ組織に過ぎず、マンハンター合法化や弾圧強化は「治安維持」として正当化されるという、恐ろしく現実的な構図になっています。

この「どちらも完全には間違っていないが、どちらも暴力に依存している」というグレーさが、作品全体の重さと救いのなさを作っています。

MS戦の魅力:リアル志向+恐怖感

『閃光のハサウェイ』シリーズのMS戦は、「巨大ロボットが人間社会で戦うとはどういうことか」を徹底的に描くリアル志向が特徴とされています。

ビーム一発が都市に与える被害、ミノフスキー粒子で視界が悪い中での撃ち合い、地上の民間人視点での恐怖などが重ねられ、

MS戦を単なるヒーローアクションではなく災害として見せているのがポイントです。

ガンダムとペーネロペー(および新型機)の空中戦では、風圧や高度変化、空気抵抗が細かく表現され、ファンネル・ミサイルの軌跡や爆光が「美しいのに恐ろしい」感覚を生んでいます。

MSには人間が乗っていて、その周囲で死ぬのも人間なのだという感覚を強く意識させることで、「ロボットアクションの爽快感」と「戦争の惨さ」の両方を同時に突きつけてくるスタイルです。

レーン・エイム戦と「幻覚」を見る理由

レーンとの最終決戦で、ハサウェイがクェスやアムロの幻影を見ながら戦う描写は、多くの考察で「彼の精神の限界」として語られています。

まず、クェスの幻覚は、前述の通り「贖罪と自己破壊願望」が生み出した妄想と解釈されがちで、ハサウェイが自分の罪を直視できないまま、死へと誘惑されている様子を象徴しています。

アムロの幻影との戦いは、「政治で変えられなかったからといって、暴力に走ることが本当に正しいのか?」という、自分自身への問いかけをアムロの姿を借りてやっている、とする解釈が有力です。

つまり、あのシーンはニュータイプ的な霊界通信ではなく、

「ハサウェイの頭の中で、アムロとシャア的な価値観が殴り合っている可視化」であり、レーン戦はそのまま彼の内面の決着の場でもあるわけです。​

クライマックスで、ハサウェイはアムロの幻影を振り払うようにレーンを殺そうとしますが、ギギに止められることで完全に“死の側(マフティー)”には行ききれず、「生きたい人間」としてのハサウェイ・ノアにギリギリ戻ってくる。

黒く塗りつぶされたようなヘルメット(マフティーという仮面)が、ギギとの再会で開かれ素顔が見える演出は、「まだ彼は人間性に回帰できる余地がある」という、かろうじての希望として読めます。

閃光のハサウェイキルケーの魔女の最終興行収入予想

現時点で、「キルケーの魔女」は公開3日で興行収入が8.4億円を突破しています。

そのため、現在の動きを見ると最終興行収入は日本国内で30〜40億円前後に収まる可能性が高いと予想できます。

前提になる数字は

  • 第1部『閃光のハサウェイ』:最終約22.3億円。
  • 第2部『キルケーの魔女』:公開3日間で興収8.4億円、前作比162%スタートしています。

初日推定3.14億円というデータもあり、初動は明確に前作超えとなっています。

一般的な興収の伸び方からの目安

公開3日間で8.4億クラスのタイトルは、最終で「初動の3.5〜5倍」程度に落ち着くケースが多いです。

  • 8.4億 × 3.5倍 =約30億円
  • 8.4億 × 4.0倍 = 約34億円
  • 8.4億 × 4.5〜5.0倍 = 約38〜42億円

同じくオタク層中心のロボットアニメ映画(『SEED FREEDOM』『ジークアクエリアス』など)が20〜50億帯に分布していることを踏まえると、

「ファン向け続編」「3部作の中編」という条件では40億を超えればかなり健闘ラインであると考えられます。

まとめ

閃光のハサウェイのシリーズ2作品目は、さらなる心情の変化などが見え、

最終3作品目に繋がる形となりました。

物語がより難解になるにつれ、考察などを見るのが楽しいといったまた別の楽しみ方も生まれるため、

次回作がさらなる楽しみになりますね。

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