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相原史郎の父親は元日本代表!母親や家族構成・出身や怪我をしたのはいつ?

スポーツ

2026年2月に開催されるミラノコルティナ五輪の日本代表に選出されている相原史郎選手は、

スキーアルペン種目で代表入りを果たし、注目を浴びている選手です。

相原史郎選手は、荒々しい滑りのように見えるがアグレッシブな動きで非常に完走率が高い選手で、自身が滑る姿でアルペンスキーがかっこいいと思ってもらえるようにと、思いの丈を語られています。

そんな相原史郎選手の父親は元日本代表選手であったようで、親子ともに実力者でした。

今回の記事で分かることは、

・相原史郎の父親や母親・家族構成
・出身・プロフィール
・怪我をしたのはいつ

以上のことについてまとめていきたいと思います。

相原史郎の父親は元日本代表!母親や家族構成

相原史郎選手の父親は、元アルペンスキー日本代表です。

父親は相原博之(あいはら ひろゆき)さんで、元アルペンスキー日本代表として

ワールドカップ滑降で9位に入る活躍をしています。

現在は東海大学国際文化学部教授であり、東海大学スキー部監督、さらにJ Sportsのアルペンスキー解説者も務めています。

父親は、ワールドカップへの出場はありましたが、惜しくも五輪への切符は届きませんでした。

しかし、息子の史郎選手が五輪への切符を掴み出場となれば、間違いなく胸中にくるものはあるでしょう。

相原史郎の母親

相原史郎選手の母親については、

氏名や職業など具体的なプロフィール情報は公表されていません。

遠征への帯同や食事面・メンタル面の支えなど、アスリート一家を支える母親の献身的なサポートがあったと一般的な形で触れられるにとどまっています。

この献身的なサポートがあったことで、競技へ打ち込める時間や姿勢が培われていたと考えられます。

また、母親はスキーに関して経験があるかは不明ですが、スキー一家であるため、多少かじっている程度は経験があると思われます。

相原史郎の家族構成

相原史郎選手の家族構成は、父親・母親・兄・本人の4人家族といわれています。

兄も、元アルペンスキーの選手であったことがわかっています。

しかし、それ以上のことは不明で、元選手であったといった情報しかわかりませんでした。

相原史郎の出身・身長・プロフィール

相原史郎選手の出身は、北海道札幌市、身長は詳細な情報がありません

項目内容
名前相原 史郎(あいはら しろう)
生年月日2001年1月20日(25歳)
出身地北海道札幌市
競技種目アルペンスキー(主に回転種目・スラローム)
所属株式会社小泉(アスリート社員、プロストック川崎店所属)

経歴

ジュニア・学生時代の主な実績

  • 2015–16年シーズン:JOCジュニアオリンピック(K2)でGS・SL優勝(2冠)。
  • 2017年:全日本ジュニアスキー選手権大会スーパーG優勝。
  • 2019年:インターハイGS2位・SL優勝、第90回宮様スキー大会GS・SL優勝など高校生トップレベルの成績を残す。
  • 2020年:全日本学生スキー大会SL優勝(大学時代)

ワールドカップ・全日本選手権

  • 2021–22年シーズン、オーストリア・キッツビュール男子回転第5戦でワールドカップデビュー。
  • 2025–26年シーズン、スイス・アデルボーデンW杯男子回転第6戦で25位に入り、自身初のW杯ポイントを獲得(日本人男子回転として五輪選考でも大きな一歩)。
  • 国内では、2025年3月の第103回全日本選手権スラロームで優勝

相原史郎は怪我をしたのはいつ?

相原史郎選手は過去に、左膝前十字靱帯を2度大きく傷めるといった怪我をしています。

現在は、競技に支障はなく完治しているレベルといっても過言ではありません。

いつ、どこを怪我したか

  • 1度目:18歳のとき(2019年頃)、左膝前十字靱帯を損傷したと報じられています。
  • 2度目:2024年2月のFar East Cup韓国シリーズ(FEC韓国大会SL第2戦)で転倒し、左膝前十字靱帯を再断裂しています。

再断裂後は、手術とリハビリを経て復帰し、

2025–26シーズンにはワールドカップ回転で25位に入り初のW杯ポイントを獲得し、2026年ミラノ・コルティナ五輪日本代表にも選出されるなど、トップレベルの実戦に完全復帰しています。

しかし、同一部位の怪我は癖になりやすいため、今後も注意が必要なのは間違いありません。

まとめ

相原史郎選手の父親は、元日本代表のアルペンスキー選手です。

大きな怪我を乗り越えて、現在は完全復帰し、オリンピックの切符を掴んでいます。

相原史郎選手のオリンピックでの活躍に大いに期待ですね。

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